大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

大阪地方裁判所 平成7年(ワ)7160号 判決

原告

川本常雄

被告

足立徳雄

主文

一  被告は、原告に対し、金四四七万五二六一円及びこれに対する平成五年七月二〇日から支払い済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを二分し、その一を原告の、その余を被告の負担とする。

四  この判決は、第一項に限り仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

被告は原告に対し、金八八五万七六七九円及びこれに対する平成五年七月二〇日(事故日)から支払い済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、T字型交差点における原動機付自転車と普通乗用自動車の衝突事故に関し、原動機付自転車の運転者が普通乗用自動車の運転者に対し、自動車損害賠償保障法三条及び民法七〇九条に基づき、損害の賠償を求めた事案である。

一  争いのない事実

1  事故の発生

〈1〉 日時 平成五年七月二〇日午後二時一〇分頃

〈2〉 場所 大阪府茨木市戸伏町一二番五号 高槻茨木線

〈3〉 関係車両 被告運転の普通乗用自動車(大阪五三や六四二七号、以下「被告車」という)

原告運転の原動機付自転車(大―茨木市き二四四六号、以下「原告車」という)

〈4〉 事故態様 T字型交差点において、原告車と被告車が衝突した。

2  被告の責任原因

被告は、被告車の保有者であり、自動車損害賠償保障法三条の運行供用者に当たる。また被告は、右方の安全確認不十分のまま交差点に進入し、これを右折しようとした。

3  原告の負傷及び治療状況

原告は、本件事故により右下腿骨開放性骨折、右肩・右前腕・左胸部・左前腕挫創、頭部外傷Ⅱ型の傷害を負い、河合外科病院において、本件事故日である平成五年七月二〇日から平成六年一月二六日まで、一九一日間入院し、その間平成五年八月四日には右下腿骨骨折に対して観血的整復術がなされた。

また、平成六年一月二七日から平成七年四月三〇日までの間において、九日間抜釘手術のため入院し、二七七日通院した。

4  損害の填補 七〇〇万三三〇二円

被告は、〈1〉原告の治療費四五九万八四九五円を河合外科病院に支払つたほか、〈2〉原告に二四〇万四八〇七円を支払つた。

二  争点

1  本件事故態様、過失相殺

(原告の主張の要旨)

被告は、一旦停止標識のある道路から右折をする際に優先直進車である原告車に衝突したものであるから、原告の過失割合は一〇パーセントにとどまる。

(被告の主張の要旨)

原告には、前方注視を怠つたうえ、制限速度を一〇キロ以上超過して走行したという二重の過失があるから、三〇パーセント以上の過失相殺がなされるべきである。

2  損害額全般

(原告の主張額)

〈1〉 治療費 四五一万九一九〇円

〈2〉 入院雑費 二六万円

〈3〉 入院付添費 九二万一二四〇円

〈4〉 通院交通費 五〇万九七八〇円

〈5〉 休業損害 七六八万七四〇〇円

計算式 月額四〇万四六〇〇円×一九月

〈6〉 入通院慰藉料 二五〇万円

よつて、原告は被告に対し、〈1〉ないし〈6〉の合計一六三九万七六一〇円から原告の過失割合一〇パーセントを控除した一四七五万七八四九円より既払金中、六八六万七五七〇円を差し引いた七八九万〇二七九円及び〈7〉相当弁護士費用九六万七四〇〇円の総計八八五万七六七九円並びにこれに対する本件事故日から支払い済みまで年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

(被告の主張の要旨)

〈1〉 治療費は四五九万八四九五円であり、被告において支払済みである。右金額を損害金に計上したうえ過失相殺をみなすべきである。

〈3〉、〈4〉の金額は認める。

原告には肝機能障害、糖尿病等の既往症があり、これらが原告の治療の長期化、特に原告の下腿部の腫脹の緩解の遅れに影響していたもので、素因の寄与度に応じた素因減額がなされるべきである。

第三争点に対する判断

一  争点1(本件事故態様)について

1  裁判所の認定事実

証拠(乙一の1ないし5、四の1、2、検乙一ないし六、七の1、2、八の1、2、原告本人、被告本人)によれば次の各事実を認めることができる。

〈1〉 本件事故は、別紙図面のように、南北に延びる道路とそれに東から突き当たる道路によつてできた信号機によつて交通整理のなされていない市街地にあるT字型交差点(以下「本件交差点」という)におけるものである。南北道路は片側一車線で、本件交差点の中にまで中央線が延びており、東側にだけ歩道がある。その最高制限速度は時速三〇キロメートルであり、通行車両は多い。南進車からの前方の見通し状況は良好であるが、左側の見通しは東西道路がガード下にあるため不良である。他方、東西道路は幅員七メートルで、交差点手前の別紙図面に示す位置に一時停止線が設けられている。東西道路から南北道路に進入するに際して、右方(北側)の見通し状況は、南北道路が本件交差点の北側六〇メートルで北西にカーブを描いているため不良ではあるが、〈1〉点からならば更に二〇メートルくらいの見通しは可能である。

〈2〉 被告は、東西道路から右折して南北道路を北進すべく、左右を見通すため、一時停止線を超えた別紙図面〈1〉(以下符号だけで示す)において、一旦停止し、右方を確認の後、左方を確認したが走行車両を認めなかつたため、〈1〉から左に注意を向けながら右折を開始したが、〈2〉地点において、〈ア〉の原告車前部と被告車右側後側部が衝突し、初めて原告車の存在に気づいた。被告車は〈3〉に停止し、他方原告及び原告車は〈イ〉に転倒した。

〈3〉 他方、原告は南北道路を時速三五キロメートルで南進していたが、被告車が東西道路から南北道路に進入してくるのを認め、ハンドルを右に切ると共に急制動をかけたが及ばず、衝突に至つた。

2  裁判所の判断

1の認定事実によれば、本件事故は被告が一時停止をして左右を確認したものの、優先道路を走行してくる原告車を見落とし、右折を開始したことによつて発生したもので、被告は衝突時まで原告車の存在に気づかなかつたことを考えるとその過失の内容は重大である。他方、原告においても、衝突時点において被告車が道路中央付近まで既に進出していたことを考えると、被告車の動静に十分注意を払わなかつた過失があつたことが推認できる。右過失の内容を対比し、前記道路状況、自動車対原動機付自転車の事故であることを考えあわせるとその過失割合は原告一に対し、被告九と考えるのが相当である。

なお、被告は「原告は制限速度を一〇キロメートル以上超過して走行していた。」と主張するが、右主張は、「被告が東西道路から南北道路に進入するに際して、右方を確認した際に原告車の存在を認めなかつた。」との被告供述を根拠とするものと認められる。しかし、被告自身「見落としがなかつたとは断言できない。」旨供述しているうえ、右方の見通し距離は前記のとおりであり、被告の供述によれば〈1〉から〈2〉にかけて一、二秒しかかからなかつたというのであるから、被告が原告車を見落としていないと仮定すると、原告車の速度は極めて高速度であつたことになり、原動機付自転車の性能等から見て不合理である。したがつて、本件事故の主たる要因は、被告の原告車の見落としであり、原告車の制限速度超過の主張は理由がない。

二  争点2(損害額全般)について

1  裁判所の認定事実

証拠(甲三、四、五ないし七の各1、一六ないし一九、五九、乙二、三、原告本人)及び前記争いのない事実並びに弁論の全趣旨を総合すると次の各事実を認めることができる。

〈1〉 原告(昭和一〇年三月一八日生、当時五八歳)は、本件事故前に内臓疾患等により治療を受けたことはなく、自覚症状もなかつたが、本件事故直後受けた血液検査において血糖値及び肝機能数値が高値を示していた。

原告は、本件事故によつて、右下腿骨開放性骨折、右肩・右前腕・左胸部・左前腕挫創、頭部外傷Ⅱ型の傷害を負い、事故当日である平成五年七月二〇日から平成六年一月二六日までの一九一日間、河合外科病院に入院し、更に平成七年二月一四日から同月二二日まで九日間、同病院において抜釘手術のため入院した。また右入院期間を除き平成七年五月三一日まで通院治療を受けている(実通院日数二八〇日余り)。

〈2〉 原告は、本件事故前、酒店及び菓子屋を経営し、原告は酒店を、妻は菓子屋をそれぞれ主体となつて営業していた。売上は両店舗ほぼ同額であり、利益は酒屋が七に対し菓子屋が三の割合であつた。その売上額は両店舗併せて平成二年度が五六五七万七六二九円、平成三年度が五九六二万七七七三円、平成四年度が五八七七万〇八一九円であり、専従者給与控除前の利益は右各年度について、四五五万四二一九円、マイナス二七三万〇四三〇円、マイナス一八五万三一三六円である。右各年度の欠損は、賃借店舗を買取るための借金に関する利息の支払いをなしたことによるものである。

ところが、原告は平成五年六月ころ、投資の失敗等により、酒屋を売却せざるを得なくなり、その後は菓子屋の手伝いをする程度であつた。具体的就職活動はしていないものの、タクシーの運転手に就業しようと考えていた矢先、本件事故に遭つた。

〈3〉 原告は、本件事故後、症状が落ちついてからは前記菓子店の店番をし、妻の手助けをしており、平成七年一〇月ころ、タクシー会社を訪問したが、年齢の点で就職を断られた。

2  裁判所の判断

〈1〉 治療費 四五九万八四九五円(原告の請求額は四五一万九一九〇円であるが、前記のように過失相殺がなされるべき事案であるから、争いのない治療費全額を計上する)

〈2〉 入院雑費 二六万円(主張同額)

1において認定したように原告は二〇〇日間入院し、一日あたりの入院雑費は一三〇〇円と見るのが相当であるから総額は二六万円(一三〇〇円×二〇〇日)となる。

〈3〉 入院付添費 九二万一二四〇円(主張同額、争いがない)

〈4〉 通院交通費 五〇万九七八〇円(主張同額、争いがない)

〈5〉 休業損害 三七二万円(主張七六八万七四〇〇円)

前記認定事実1〈2〉によれば、原告は平成五年五月までは、少なくとも原告の主張する月額四〇万四六〇〇円の収入を上げていたことが認められるものの、事故時点においては休業損害の対象となるべきような稼働をなしていなかつた。そこで、原告の休業損害の請求の可否が問題となる。

原告は、三〇年以上に亘つて稼働してきたもので、事故前の休業期間も一か月余りに過ぎず、稼働の意思も能力も有していたもので、事故当時稼働していなかつたという一点をもつて休業損害を一切否定することは許されない。確かに原告が就業を予定していたというタクシーの運転者という仕事についても、それに就業し得たとは確定できないものの、原告の就業歴や就業をやめた経緯を見ると本件事故に遭遇しなければ何らかの仕事に就業していたという高度の蓋然性が認められる。ただ、その場合に、就業先からの収入が従来の原告の収入に匹敵するとは思えないから、月額三〇万円をもつて基礎額とし、原告の入通院状況、症状の推移に鑑み、事故から八月はその労働能力の一〇〇パーセントを、その後一一月間は平均して四〇パーセントを失つていたものとして休業損害を算定するのが相当である。

計算式

三〇万円×八月+三〇万円×〇・四×一一月=三七二万円

〈6〉 入通院慰藉料 二三〇万円(主張二五〇万円)

原告の傷害の部位・内容・程度、入通院期間・状況に鑑み、右金額をもつて慰謝するのが相当である。

なお、被告は原告の肝機能障害、糖尿病等の既往症による素因減額の主張をしているが、原告が本件事故によつて負つた障害は相当重いものがあり、治療期間が通常よりも長いとは断言できないうえ、被告の主張する原告の既往症が具体的にどのような医学的機序をもつてどの程度の治療の長期化を招いたのかは証拠上明らかでないから右主張は理由がない。また、原告には治療歴がないことからみて既往症は軽度なものに過ぎないと認められる。よつて、右既往症が治療の長期化に対して何らかの影響を与えたと仮定しても、素因減額をしなければ公平を害するとは言えない。

第四賠償額の算定

一  第三の二の2の合計は一二三〇万九五一五円となる。

二  一の金額に前記認定の被告の過失割合を乗じると一一〇七万八五六三円(一二三〇万九五一五円×〇・九、円未満切捨)となる。

三  二の金額から第二の一の4の損害填補額七〇〇万三三〇二円を差引くと四〇七万五二六一円となる。

四  弁護士費用

右金額、本件審理の内容、経過に照らすと、原告が訴訟代理人に支払うべき弁護士費用のうち本件事故と相当因果関係があるとして被告が負担すべき金額は四〇万円と認められる。

五  結論

三、四の合計は四四七万五二六一円である。

よつて、原告の被告に対する請求は、右金額及びこれに対する本件事故日である平成五年七月二〇日から支払い済みまで年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で理由がある。

(裁判官 樋口英明)

交通事故現場見取図

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例